
取引先から見られる時代。セキュリティは信用の一部になる
Executive Summary
- セキュリティは取引先から見られる時代です。
- SCS評価制度は共通の確認基準になります。
- 任意制度でも、無関心では信用を失います。
- 中小企業は説明できる状態づくりが大切です。
- まずは基本対策を言語化することから始めます。
これまで中小企業の取引では、品質、価格、納期が重視されてきました。 もちろん、これらは今後も大切です。 しかし、サイバー攻撃が増えている今、そこに「セキュリティ対策」が加わりつつあります。
取引先に影響を与えるサイバー攻撃が増えると、発注元は「この会社に仕事を任せても大丈夫か」を確認したくなります。 自社の中だけを守っていればよい時代ではなく、取引先や協力会社を含めた全体で安全を守る時代になっています。
本記事では、SCS評価制度をきっかけに、なぜセキュリティが「信用」の一部になるのかを整理します。 そして、中小企業が取引先から聞かれやすい項目と、今から準備しておきたい説明内容をわかりやすく解説します。
もし今日から準備を始めれば、取引先から質問されたときに慌てずに済みます。 さらに、「うちは何もしていません」ではなく、「ここまでは確認しています」と伝えられるようになります。 その小さな差が、今後の信頼につながります。
なぜ取引先はセキュリティを確認するのか
発注元が取引先のセキュリティを気にする理由は、意地悪をしたいからではありません。 自社の仕事を止めないためです。 そして、顧客や社会に迷惑をかけないためです。
たとえば、部品をつくる会社、配送を担う会社、倉庫を管理する会社、システムを保守する会社、事務作業を受託する会社。 こうした会社のどこか一社でトラブルが起きると、発注元の業務にも影響が出ることがあります。
受発注システムが止まれば、注文が確認できません。 配送データが見られなければ、荷物を動かせません。 請求データが消えれば、支払い業務が混乱します。 顧客情報が漏れれば、取引先にも説明責任が生じます。
サイバー攻撃の怖さは、被害が一社で終わらないことです。 自社のパソコンが止まっただけのように見えても、その先には取引先、顧客、協力会社、従業員がいます。 だからこそ、取引先は「この会社は基本的な備えをしているか」を確認したくなるのです。
セキュリティは「品質管理」に近いものになっていく
多くの企業では、品質管理のために、手順書、記録、点検、教育、責任者の確認を行っています。 セキュリティも、これに近い考え方になっていきます。
「気をつけています」だけでは不十分です。 どの情報を扱っているか。 誰が管理しているか。 パスワードはどう守っているか。 データのバックアップはあるか。 トラブル時に誰へ連絡するか。 こうしたことを、会社として説明できる状態が求められます。
難しい専門用語を並べる必要はありません。 大切なのは、取引先に対して「放置していない」「基本を確認している」「困ったときの対応を決めている」と伝えられることです。
SCS評価制度で何が変わるのか
SCS評価制度は、サプライチェーンに関わる企業のセキュリティ対策を、共通の基準で見えるようにするための制度です。 これまで、発注元ごとに確認項目が違い、受注側が何度も似たような質問に答えなければならない場面がありました。
たとえば、ある取引先からはパスワード管理について聞かれ、別の取引先からはバックアップについて聞かれ、さらに別の取引先からはウイルス対策や教育について聞かれる。 こうした確認がばらばらに来ると、中小企業にとって大きな負担になります。
SCS評価制度は、こうした負担を減らし、共通のものさしで確認しやすくすることを目的としています。 経済産業省の説明でも、委託元企業と委託先企業の双方の負担を軽くしながら、サプライチェーン全体のセキュリティ水準を高める仕組みとされています。
つまり、SCS評価制度は「厳しく取り締まるための制度」ではありません。 取引先同士が、同じ基準で安全対策を確認しやすくするための制度です。 ただし、確認しやすくなるということは、何もしていない会社も見えやすくなるということです。
★3・★4は、対策状況を示す目安になる
SCS評価制度では、セキュリティ対策の段階として、★3と★4が設けられる予定です。 ★5については、今後さらに検討される予定です。
★3や★4という表現を見ると、評価やランク付けのように感じるかもしれません。 しかし、制度の説明では、事業者同士を競わせる格付け制度ではないとされています。 目的は、どの程度の対策ができているかを見えるようにし、必要な対策を進めやすくすることです。
中小企業にとって大切なのは、最初から完璧を目指すことではありません。 まずは、自社がどの程度できているのかを知ることです。 そして、足りない部分を順番に整えていくことです。
特定の高額な製品を入れればよい、という話ではない
セキュリティ対策と聞くと、「高い機器やソフトを入れなければいけないのでは」と不安になる方もいます。 しかし、SCS評価制度では、特定のセキュリティ対策製品の導入が必須とされているわけではありません。
もちろん、必要に応じてツールを使うことはあります。 しかし、それ以上に大切なのは、会社として基本的な管理ができているかです。 たとえば、誰が責任者か、どの情報を守るか、パスワードをどう管理するか、バックアップをどう取るか、トラブル時にどう動くか。 こうした土台がないまま製品だけを入れても、十分な対策にはなりません。
中小企業が聞かれやすい5つのこと
では、実際に取引先からどのようなことを聞かれる可能性があるのでしょうか。 業種や取引内容によって違いはありますが、まずは次の5つを準備しておくと安心です。
1. 取引先の情報をどこで管理していますか?
取引先は、自社に関係する情報がどこに保存され、誰が扱っているのかを気にします。 顧客名簿、配送先情報、図面、見積書、請求書、契約書、ログイン情報などが対象になります。
まずは、会社の中にある情報を棚卸ししてください。 紙で保管しているもの、パソコンに入っているもの、クラウドに保存しているもの、メールでやり取りしているものを確認します。
2. パスワードやアカウントは管理されていますか?
退職した人のアカウントが残っている。 複数人で同じIDを使っている。 パスワードを紙に書いて誰でも見える場所に貼っている。 同じパスワードを何年も使っている。 こうした状態は、取引先から見ると不安材料になります。
まずは、誰がどのサービスを使っているかを確認します。 使っていないアカウントは止める。 管理者権限を持つ人を絞る。 重要なサービスでは二段階認証を使う。 こうした基本から始めます。
3. 古いパソコンや機器を放置していませんか?
古いパソコン、更新されていないソフト、長く使っているルーターやVPN機器は、攻撃の入口になることがあります。 「まだ動くから大丈夫」と思っていても、安全に使える状態とは限りません。
特に、外部から会社のネットワークに入る仕組みを使っている場合は注意が必要です。 VPNやリモート接続の設定が古いままだと、ランサムウェアの侵入口になることがあります。
4. バックアップは取っていますか?
ランサムウェアに感染すると、会社のデータが使えなくなることがあります。 そのとき、バックアップがなければ、業務の再開が大きく遅れます。
バックアップは「取っているつもり」では足りません。 どのデータを、どの頻度で、どこに保管しているか。 そして、本当に復元できるか。 ここまで確認することが重要です。
5. トラブルが起きたときの連絡先は決まっていますか?
被害が起きたときに一番怖いのは、誰も判断できず、時間だけが過ぎることです。 初動が遅れるほど、被害は広がりやすくなります。
社内の責任者、システム会社、保守会社、取引先への連絡担当、必要に応じた相談先を決めておきます。 連絡先を紙でも保管しておくと、パソコンが使えないときにも役立ちます。
この5つは、どれも特別な会社だけに必要なものではありません。 小さな会社でも、今日から確認できる内容です。 取引先から聞かれる前に整理しておくことで、安心感を伝えやすくなります。
「取得しないと即取引停止」ではないが油断は危ない
SCS評価制度については、「★を取得しないと取引停止になるのでは」と不安に思う方もいるかもしれません。 経済産業省のFAQでは、本制度は任意制度であり、取得をどう契約上扱うかは取引当事者同士で決めるものとされています。
つまり、制度が始まったからといって、すぐにすべての会社が★を取得しなければならない、という話ではありません。 ただし、だからといって何もしなくてよいわけでもありません。
本当に危ないのは、「任意だから関係ない」と考えて、何も準備しないことです。 取引先から確認されたときに、説明できるものが何もない。 事故が起きたときに、対応手順も連絡先もない。 その状態こそ、信用を失う大きなリスクになります。
今後は「説明できる会社」が選ばれやすくなる
取引先は、完璧な会社だけを求めているわけではありません。 しかし、最低限の対策をしている会社、問題を放置しない会社、必要なときに説明できる会社を選びたいと考えます。
たとえば、同じ条件の会社が2社あったとします。 一方は、セキュリティについて何も把握していない。 もう一方は、まだ完璧ではないものの、情報管理、パスワード、バックアップ、連絡体制を整理している。 発注元から見れば、後者の方が安心しやすいはずです。
これは大きな会社だけの話ではありません。 小さな会社であっても、きちんと説明できることは信用になります。 むしろ、中小企業だからこそ、早めに基本を整えることで、取引先に安心感を与えられます。
「やっています」と言える状態をつくる
取引先に対して大切なのは、立派な資料を作ることではありません。 実態のない言葉を並べることでもありません。 自社の現状を正直に整理し、できていることと、これから改善することを説明できる状態をつくることです。
取引先に説明しやすい言い方の例
「取引先情報は、限られた担当者のみが確認できる場所で管理しています。」
「退職者のアカウントは、退職時に停止する運用にしています。」
「重要データは定期的にバックアップを取り、復元確認も進めています。」
「トラブル時は、社内責任者と保守会社へすぐ連絡する体制を整えています。」
「SCS評価制度に向けて、現在の対策状況を確認しています。」
このように、難しい言葉を使わなくても、基本的な管理状況は伝えられます。 まずは「説明できる状態」を目指しましょう。
ランサムウェアが増えている今、信用の失い方も変わっている
ランサムウェア被害が起きると、会社のデータが使えなくなるだけではありません。 業務停止、納期遅れ、取引先への報告、復旧費用、信用低下といった問題が一気に発生します。
警察庁の資料では、令和7年上半期のランサムウェア被害報告件数が116件となり、半期件数として令和4年下半期と並び最多とされています。 また、中小企業の被害が多い状況も示されています。
被害に遭った会社の中には、復旧に多額の費用がかかるケースもあります。 復旧費用だけでなく、止まった時間、失った信頼、社員の負担まで考えると、影響は決して小さくありません。
「うちには盗まれる情報がない」と思っていても、業務に必要なデータが止まれば会社は困ります。 受発注、配送、請求、給与、顧客対応。 どれか一つでも止まれば、取引先にも迷惑がかかります。 だから、セキュリティ対策は信用を守るための備えなのです。
取引先に聞かれる前に準備したい社内メモ
まずは、完璧な規程を作るよりも、社内メモを作ることから始めると取り組みやすくなります。 次の項目を1枚にまとめるだけでも、現状が見えやすくなります。
社内メモに書く項目
- 取引先から預かっている情報の種類
- 情報を保管している場所
- アクセスできる担当者
- 使っている主なシステムやクラウドサービス
- パスワードや二段階認証の状況
- 古いパソコンや機器の有無
- バックアップの有無と保管場所
- トラブル時の社内責任者
- 外部の相談先や保守会社の連絡先
- 今後改善したい項目
このメモを作るだけでも、「何ができていて、何ができていないか」が見えてきます。 取引先から質問されたときにも、ゼロから慌てて調べるより、落ち着いて答えやすくなります。
SCS評価制度への対応は、いきなり難しい資料を作ることから始める必要はありません。 まずは社内の見える化です。 見える化できれば、次に何を直すべきかがわかります。
まとめ+要約
- セキュリティ対策は、品質・価格・納期と並ぶ信用の一部になりつつあります。
- SCS評価制度は、取引先同士が共通の基準で対策状況を確認しやすくする制度です。
- 制度は任意ですが、取引先から対策状況を聞かれる可能性があります。
- 中小企業は、情報管理、アカウント、古い機器、バックアップ、連絡体制を整理することが重要です。
- 完璧を目指す前に、まず「説明できる状態」をつくることが大切です。
次の一手: 取引先から聞かれそうなセキュリティ項目を、社内メモとして1枚にまとめてください。
FAQ
Q1. SCS評価制度の★を取らないと、すぐに取引停止になりますか?
制度としては任意であり、★の取得を契約上どう扱うかは取引当事者同士で決めるものとされています。 ただし、取引先からセキュリティ対策状況を確認される可能性はあります。 そのため、取得するかどうかだけでなく、まず説明できる状態をつくることが大切です。
Q2. 小さな会社でも取引先からセキュリティについて聞かれますか?
聞かれる可能性があります。 サプライチェーンに関わる会社であれば、会社の規模に関係なく、取引先の業務に影響を与えることがあります。 特に、取引先情報を扱う会社、配送や製造を担う会社、業務を委託されている会社は注意が必要です。
Q3. まだ何も準備できていません。何から始めればよいですか?
まずは、取引先から預かっている情報、使っているシステム、パスワード管理、古い機器、バックアップ、トラブル時の連絡先を確認してください。 最初から完璧な対策をする必要はありません。 現状を見える化し、危ないところから順番に直すことが第一歩です。
出典・参考資料
-
経済産業省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)」
https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/scs.html - 警察庁サイバー警察局「令和7年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」令和7年9月
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