
Executive Summary(要点5行)
- ハラスメント対策は「一気に完璧」ではなく「90日で土台づくり」が現実的です。
- 0〜30日は現状把握と経営方針の確認に集中することがポイントです。
- 31〜60日はルール・相談窓口・教育を「A4一枚」で形にします。
- 61〜90日は説明・運用開始・フォローを通じて、現場で回る形に整えます。
- 経営・人事・現場のRACIを明確にすることで、属人化と場当たりを防げます。
導入
「ハラスメント対策が大事なのは分かるが、何から手をつければよいか分からない」「専門部署も担当者もおらず、つい後回しになっている」という声を、中小企業の経営者・役員の方からよく伺います。2026年にかけて、ハラスメントやカスタマーハラスメントへの対応強化が一段と求められるといわれる中、「いつかやろう」のままでは、知らないうちに義務や社会の期待水準から取り残されてしまう恐れがあります。
本稿では、「完璧な制度をつくる」ことを一旦脇に置き、90日で「相談できる・動ける」最低限の土台を整えることをゴールにします。対象範囲は、パワハラ・セクハラ・妊娠出産・育児介護など、職場に関するハラスメント全般です。評価の物差しは、「離職・採用」「生産性」「法的リスク」「評判」の4つとします。
具体的には、0〜30日、31〜60日、61〜90日の3フェーズに分けて、現状把握・ルールと相談窓口の整備・教育と運用開始までのステップを整理します。その際、経営・人事・現場の役割分担(RACI:責任者・説明責任者・協力者・情報共有先)を明確にし、「誰の仕事か分からない」「人事だけが抱え込む」といった状態を避けることを重視します。
もし本稿をもとに、自社の現在地と90日後のゴールイメージが共有できれば、2026年前後の法制度や社会の目線の変化に対しても、慌てずに対応できる準備が整います。Day5では、ここで整理したロードマップをもとに、取締役会向けの意思決定ブリーフにまとめていきます。
1. なぜ「90日で土台づくり」なのか
ハラスメント対策というと、分厚い就業規則や詳細なマニュアル、専門部署の設置など、大がかりな取り組みをイメージしがちです。その結果、「うちにはそこまでの余裕はない」と感じ、着手が何年も遅れてしまうケースが少なくありません。
中小企業にとって現実的なのは、「すべてを一度に」ではなく、 「最初の90日で、最低限の土台をつくる」 という考え方です。ここでいう土台とは、次の3点を指します。
- 会社としてのスタンスが、経営の言葉で示されていること
- 相談窓口と初動フローが、A4一枚で説明できること
- 管理職が「やってはいけないこと」と「迷ったときの動き方」を知っていること
これらが整っていれば、完璧な制度でなくても、問題が大きくなる前に動き出せます。逆にこの土台がない状態では、どんなに立派な規程を整えても、現場では「読まれていない紙」と化してしまいます。
そこで本稿では、90日という区切りの中で、「経営として何を決め」「現場にどう伝えるか」を段階的に整理していきます。
2. フェーズ1(0〜30日):現状把握と経営方針の確認
最初の30日間は、「何かをつくる」よりも「今の状態を把握する」ことに集中します。ここでの目的は、「どこまでできていて、どこが手つかずか」を見える化することです。
2-1. 現行ルールと相談ルートの棚卸し
具体的には、次のような項目を確認します。
- 就業規則や社内規程に、ハラスメントに関する記載があるか
- 相談窓口として、誰が、どのような形で位置づけられているか
- 実際に、過去3年でどのような相談・トラブルがあったか
- ハラスメントに関する研修や説明を、いつ・誰に行ったか
これらをA4一枚の表にまとめるだけでも、「何となくやっている」状態から一歩進みます。抜けている部分があれば、後続フェーズでの検討候補としてメモしておきます。
2-2. 過去3年の退職・トラブルを振り返る
次に、過去3年ほどを振り返り、「今から思えば、ハラスメントの要素があったかもしれない」と感じる事例がないかを、経営陣と人事・総務で話し合います。ここで重要なのは、 「誰が悪いか」を決める場ではなく、「これからどう防ぐか」を考える場にすること です。
例えば、次のような観点で整理します。
- 離職理由に「人間関係」「上司との相性」が多くなかったか
- 特定の部署や上司のもとで、退職や不調が偏っていなかったか
- トラブル発生時、何があればもっと早く気づけたか
2-3. 経営としてのスタンスを言語化する
フェーズ1の終わりには、経営者・役員で次のような短いメッセージをつくります。
- ハラスメントはしない・させない・見過ごさない
- 相談してくれた人を責めない
- ルールを守ることは、会社とお客様を守ること
文章は長くなくて構いません。重要なのは、 「会社としてどう考えるか」を、経営の言葉で示すこと です。これはフェーズ3で全社員に伝える土台になります。
3. フェーズ2(31〜60日):ルール・相談窓口・教育の設計
2か月目は、現状把握をもとに「最低限必要なもの」を形にしていくフェーズです。ここでも、完璧を目指さず、 「A4一枚で説明できること」 を基準に進めます。
3-1. シンプルな「禁止行為リスト」をつくる
法律の条文をそのまま引用するのではなく、自社の現場に近い言葉で「やってはいけない行為」を整理します。例としては次のようなものがあります。
- 人格を傷つける言い方(「使えない」「辞めてしまえ」など)はしない
- 大勢の前での長時間の叱責はしない
- 身体への接触や、性的な冗談・からかいはしない
- 妊娠・出産・育児・介護に不安を与える発言をしない
- 制度の利用を理由に、不利な扱いをしない
これらを「例」にとどめ、「判断に迷う場合は相談する」という一文を添えておくことで、グレーゾーンの行為を早めにすくい上げるきっかけになります。
3-2. 相談窓口と初動フローをA4一枚に整理
次に、「誰に・どうやって・何を相談できるか」を一枚の用紙にまとめます。最低限、次の3点が分かるようにします。
- 社内窓口(人事・総務・経営陣など)の氏名・連絡先
- 可能であれば、社外窓口(顧問社労士・専門機関など)の案内
- 相談があったときに、窓口担当者が行う「5つのステップ」
例えば、初動フローは以下のようにシンプルに整理できます。
- 否定せずに最後まで話を聞く
- 事実と気持ちを分けて確認し、メモを残す
- 共有範囲(誰まで共有するか)を説明する
- 社内外の関係者と連携し、対応案を検討する
- 相談者に、対応内容と今後の流れを説明する
3-3. 管理職向けのミニ研修・ミーティングを設計
フェーズ2の終盤では、管理職向けに60〜90分程度のミニ研修またはミーティングを設計します。内容は、Day2・Day3の要点をベースに、
- パワハラ・セクハラ等の基本的な考え方(ざっくり版)
- 自社の禁止行為リストと相談フローの説明
- 「これはハラスメント?」を考えるケースディスカッション
「教える場」というより、「現場の悩みや不安を出してもらう場」として位置づけることで、管理職を責めるのではなく、パートナーとして巻き込むことができます。
4. フェーズ3(61〜90日):運用開始・説明・フォロー
最後の30日間は、作ったものを「回し始める」フェーズです。ここで重要なのは、 「一度説明して終わり」ではなく、「試運転しながら改善していく」 という姿勢です。
4-1. 全社員への説明とメッセージ発信
経営者からのメッセージと合わせて、禁止行為リストと相談フローを全社員に説明します。説明の場は、全体会議・オンラインミーティング・動画・社内ポータルなど、自社の実情に合わせた形で構いません。
その際、「法令順守だからやる」というだけでなく、 「会社とお客様を守るため」「安心して働ける職場をつくるため」 というポジティブな理由もセットで伝えることが大切です。
4-2. 匿名・簡易な相談ルートを用意する
可能であれば、メールフォームや紙の意見箱など、匿名でも意見や相談を出せる仕組みを用意します。すべてを匿名で解決することはできませんが、「いきなり名前を出して相談するのはハードルが高い」という社員にとっての入り口になります。
4-3. 初期の相談・問い合わせを「改善の材料」として扱う
運用開始直後は、「これはハラスメントかどうか分からないけれど…」という相談や、「規程のこの表現が分かりにくい」といった声が出てくることがあります。ここで、 「文句」ではなく「改善のヒント」として扱う ことで、制度が自社にフィットしていきます。
フェーズ3の終わりには、経営陣・人事・代表的な管理職で、次のような点を確認します。
- 相談や質問はどのくらいあったか(件数だけでなく内容の傾向)
- 禁止行為リストやフローで分かりにくかった点はどこか
- 今後半年の間に、追加で検討すべきテーマは何か
ここまでできれば、「90日で土台づくり」は完了です。細かな調整や拡張は、次の四半期以降に回して構いません。
5. RACIと役割分担:誰が何を担うのか
ハラスメント対策がうまく回らない会社の多くは、「誰の仕事か分からない」「人事だけに押し付けられている」という状態に陥っています。これを防ぐために有効なのが、RACI(責任者・説明責任者・協力者・情報共有先)の考え方です。
5-1. 典型的なRACIのイメージ
中小企業向けに単純化すると、次のような役割分担が一つの目安になります。
- 経営者・役員:方針の決定とメッセージ発信(A=説明責任者)
- 人事・総務:ルールづくり・相談窓口・初動フロー整備(R=実務責任者)
- 現場管理職:日常の指導と早期相談の受け皿(C=協力者)
- 従業員:ルール遵守と、気になることがあったときの相談(I=情報共有先)
- 社外専門家(社労士など):制度設計・個別事案に関する助言(C=協力者)
5-2. 文書と会議で「誰が何をするか」を明確にする
90日計画のどこかのタイミングで、「誰が」「何を」「いつまでに」行うかを一覧にした表を作り、経営会議や幹部ミーティングで共有します。特に以下の3点は、必ず担当を決めておくことをおすすめします。
- 禁止行為リストと相談フローのドラフト作成
- 管理職向けミニ研修の企画・実施
- 運用開始後の振り返りと改善のとりまとめ
「誰の担当か」を決めておくだけでも、場当たり対応ややりっぱなしを避けることができます。
6. よくあるつまずきとリスクの先回り
最後に、90日ロードマップを進める際によくあるつまずきと、その予防策を整理します。
6-1. 「忙しくて後回し」が続いてしまう
現場が忙しいほど、「今はそれどころではない」という声が出やすくなります。ここで有効なのは、 「すべてを一度に」ではなく「今週はこの1歩だけ」と小さく区切る ことです。例えば、「今週は相談窓口のメンバーを決める」「来週は禁止行為のたたき台をつくる」といった具合です。
6-2. 管理職が「自分だけ責められている」と感じる
ハラスメント対策は、どうしても管理職への注意喚起が多くなりがちです。その結果、「自分たちだけが悪者扱いされている」と感じ、反発や萎縮を招くことがあります。これを避けるためには、
- 「管理職を守るためのルールでもある」ことを明確に伝える
- 過去の失敗を責めるのではなく、「これからどうするか」に焦点を当てる
- 管理職同士で悩みを共有し合える場をつくる
6-3. 制度を作って満足し、運用が続かない
就業規則やフローを整備したところで満足してしまい、その後の見直しや教育が続かないケースも多くあります。これを防ぐには、「半年に一度の振り返り」を最初から予定に組み込んでおくことが有効です。
例えば、「毎年○月の経営会議で、直近半年の相談状況と対策の見直しを行う」と決めておくだけでも、制度が「作りっぱなし」になるリスクを減らせます。
まとめとNext Best Action
- ハラスメント対策は「完璧な制度づくり」ではなく、「90日で土台をつくる」考え方が現実的である。
- 0〜30日は現状把握と経営方針の言語化、31〜60日はルール・窓口・教育の設計、61〜90日は運用開始とフォローに充てる。
- 禁止行為リストと相談フローをA4一枚にまとめることで、現場で使える形になる。
- RACIで役割分担を明確にすることで、人事だけが抱え込む状態や場当たり対応を防げる。
- 「忙しさ」「管理職の反発」「作って終わり」といったつまずきを、事前に想定しておくことが重要である。
Next Best Action:経営陣・人事・幹部メンバーで30〜60分のミーティングを設定し、「90日でどこまでやるか」と「誰が何を担うか」をA4一枚に書き出してみてください。
FAQ(よくあるご質問)
Q1. 90日で本当に意味のある対策になりますか?
90日で完璧な制度をつくることは難しいかもしれませんが、「相談できる・動ける」土台を整えることは十分可能です。重要なのは、何もない状態から一歩進めることで、トラブルが起きたときに「何も準備していなかった」という状況を避けることです。そのうえで、半年・1年とかけて、中身を深めていけばよいと考えてください。
Q2. 社外の専門家には、どのタイミングで相談するのがよいでしょうか?
おすすめは、フェーズ2でルールやフローのたたき台ができた段階、あるいは実際に個別の相談やトラブルが発生したタイミングです。たたき台があることで、「何をどう見てほしいか」が明確になり、相談コストも抑えやすくなります。継続的な顧問契約だけでなく、スポットでのチェックやアドバイスを依頼する形も選択肢です。
Q3. 社員から「またルールが増えた」と反発されないか心配です。
新しいルールを導入するときは、「何ができなくなるか」ではなく、「何のためにやるのか」を丁寧に伝えることが大切です。「お互いを守るため」「安心して働けるため」「お客様に迷惑をかけないため」といった目的とセットで説明し、社員からの意見や不安の声も受け止めながら進めることで、納得感は高まりやすくなります。
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