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経産省サプライチェーン・セキュリティ評価制度を経営の言葉で読み解く――インパクトと初動設計

Day1|経産省サプライチェーンセキュリティ評価制度:経営インパクトと初動設計

シリーズ:経済産業省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」へ備える|Day1(本文)

経産省サプライチェーン・セキュリティ評価制度を経営の言葉で読み解く――インパクトと初動設計

本稿は、経済産業省が公表した「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度(以下、本制度)」の骨子を、経営・役員の意思決定に直結する観点で凝縮したものです。対象は自社および主要グループのIT基盤(オンプレ+クラウド)であり、OTや提供製品は直接の対象外(別制度・ガイドで扱う領域)という前提に立ちます。本稿では、★3/★4/★5の“意味合い”と調達・再委託・クラウドへの波及を、実務ユースケースに落として解説し、最後に0–30–60–90日のロードマップ素案Next Best Actionを提示します。

制度の狙いを経営の言葉で置き換える

地政学リスク、生成AIの悪用、委託の多層化が同時進行し、取引先経由の侵害が「たまたま起きる例外」ではなく再現性のある経路になりました。本制度の本質は、個社の完璧さを競う仕組みではなく、ビジネスサプライチェーン(調達・製造・販売)とITサービスサプライチェーン(SaaS・MSP・クラウド)の平均水準を底上げする共通言語をつくる試みです。

星(★)は優劣ラベルではありません。取引で期待する水準を関係者間で合意するハンドシェイクです。経営にとっての関心は「どの★を、誰に、どの取引(用途)で、どの契約条項にひも付けるか」という運用設計に尽きます。ここが曖昧だと、監査負担ばかり増えて、肝心のリスク低減につながりません。

対象範囲と影響を“業務ユースケース”で捉える

対象は、自社および主要グループ会社のIT基盤(オンプレミス+クラウド)。一方でOT(制御系)や提供製品は直接対象外で、該当する別の制度・ガイドが参照されます。昨今、IT資産の境界は企業境界と一致しません。SaaS、MSP、ゼロトラスト接続、外部API連携など、社外との常時接続面が拡張し続けています。

したがって、部門別・業務別のユースケース地図で「どの情報が、どの経路で、誰の管理下にあるか」を可視化し、対象の抜け漏れを潰す必要があります。実務では情シスだけでは完結せず、調達・法務・事業・監査が同じ図を見ながら会話できる体制が肝要です。ユースケース化は、後段の★割当て、RFP改訂、契約ひな形の更新、ログ保全や復旧目標の整合へと直結します。

★3/★4/★5の“意味合い”を誤解しない

★3は基礎的な組織対策とシステム防御の実装確認、いわば最低限の衛生要件です。ネットワークの把握と境界防護、ID・権限管理、脆弱性対応とパッチ運用、バックアップと復旧の段取りといった、事故を広げない土台に焦点が当たります。

★4は包括的・標準的な対策で、監視・検知・対応、ログの完全性、重要な取引先の把握(再委託を含む)や台帳管理など、運用の継続性と説明責任を問います。外部の第三者評価が基本となるため、証拠の整備と運用の再現性が肝要です。

★5は高度な攻撃者を想定したベストプラクティス群で、ISMS等のマネジメント枠組みとの整合が前提です。なお、上位段階は下位を包含しますが、★3を取らなければ★4が取れないという直列必須の設計ではありません。ビジネス影響や取引実態に応じて、どの領域を★3、どの領域を★4とするかを戦略的に分岐させます。

評価スキームと維持の勘所(更新・年次点検・台帳)

実務で効いてくるのは「有効期間」「年次点検」「台帳(登録・公開)」の三点です。一般的な想定は次の通りです。

  • ★3=自己評価(有効期間:1年)…年次の自己点検を前提に更新。社内資格者(または外部有資格者の助言)により、評価品質を担保。
  • ★4=第三者評価(有効期間:複数年の例示として3年)…期間中も年次の自己評価結果を提出。重大な逸脱時は是正報告。
  • 台帳…どの組織がどの★を取得しているか、発注側が確認できる仕組み。RFP/契約、入札・更新審査の効率化に資する。

この三点は、社内の年間サイクル(予算、監査、内部統制)と衝突しがちです。期初のRFPや年度契約へ自然に織り込み、年度内の更改・増分契約で★要求を段階適用するカレンダー設計が必要です。社内ガイドラインに「★要求の原則」「例外承認の閾値」「証憑の再利用方針」を明文化し、横振れを抑えます。

調達・再委託・クラウドへの波及設計

本制度は、単なる製品仕様評価ではなく、供給・委託の全体プロセスにセキュリティを織り込む考え方です。特に★4では、重要な取引先の対策状況把握(再委託先を含む)が求められます。ここを上手く回す鍵は、過不足ない証憑主義です。独自フォーマットの乱立や過度な現地監査は、サプライヤの疲弊とスループット低下を招きます。

  • 二層運用:①制度で示される要求に基づく確認(台帳参照、第三者評価報告の受領)を原則とし、②例外時のみ追加質問やスポット監査。
  • RFPテンプレ:責任分界・ログ保全・復旧目標(RTO/RPO)・データ所在・権限設計を必須項目化。SaaS/IaaS/MSPごとに雛形を用意。
  • クラウド固有論点:監査情報の入手窓口、相互責任(共有責任モデル)、証跡の保存期間、暗号鍵管理の帰属、サイバー保険との整合。

「今すぐやる」初動アクション(経営決定で推進)

  1. 適用範囲の確定:企業グループ、JV、海外拠点、主要子会社を含むIT基盤を定義し、対象外(OT等)との境界と接点を図示。
  2. 想定★レベルの仮決め:情報の機微性、事業継続への影響、内部接続の有無の三指標で、取引類型ごとに★3/★4を暫定割当て。
  3. 資産・接続台帳の整備:SaaS、IaaS、MSP、VPN、ゼロトラスト、API接続を含め、システム・データ・接続・責任分界の四層で記録。
  4. ID・権限の是正:多要素認証の適用拡大、特権IDの分離、委託先アカウント棚卸しを四半期業務へ定着。
  5. 脆弱性・パッチ運用:重大度基準、適用SLA、例外承認、影響テスト手順を文書化し、CAB等のガバナンスに接続。
  6. 監視・検知・対応:クラウドログ収集、保全期間、相関分析の粒度を定め、MSSP活用も選択肢として明記。
  7. 事業継続と復旧:RTO/RPOを事業側と合意し、バックアップ隔離、復旧訓練、攻撃シナリオ別のエビデンス確認を定着。
  8. 重要取引先の把握:重要性判定基準を明文化し、年次確認(台帳参照/第三者報告/追加質問)のプロセス化。
  9. ★3自己評価の段取り:社内資格者を任命・育成、または外部資格者の支援方針を定め、準備→登録→公開のチェックリスト整備。
  10. 年間カレンダーへの組み込み:RFP・入札・契約更新・監査計画と★更改サイクルを連動。「年度で回る」を前提に。

財務影響の目線合わせ(コスト・便益・機会損失)

費用は、①評価費(自己/第三者)、②対策実装費(製品・設定・運用設計)、③運用維持費(年次点検・台帳対応・教育)に分けて見積もります。便益は、①復旧時間の短縮、②営業継続性の向上、③取引機会の維持・拡大(入札条件充足、審査迅速化、信頼の可視化)で捉えます。

過度な横展開はコストを増やすだけです。業務インパクトの濃淡と情報の機微性で範囲を層別し、重要領域から深く、周辺はテンプレで軽く回すのが現実的です。費用対効果は、★要求を先取りして取得することにより、調達・営業のフリクション低減で回収しやすくなります。

組織・人材とRACI(止めない仕組み)

本制度は「情シスのイベント」ではなく、経営・事業・調達・法務・監査が合奏するプロジェクトです。RACIの原則は、R=情報セキュリティ部門、A=経営(CIO/CISO/事業責任者)、C=調達・法務・監査、I=主要子会社・委託先。意思決定を速くするには、★割当基準や例外承認の閾値を事前定義し、案件ごとの迷いを削ります。

社内資格者の育成は、★3の年次点検品質と★4の自己評価成熟度を左右します。外部資格者を活用する場合でも、内製レビューのポイントを残し、学習効果を確保しましょう。教育は「役割別(経営・管理・運用)」で粒度を分け、台帳入力・証憑整備・ログ保全などの手を動かす訓練まで落とし込みます。

リスクとガバナンス(やりすぎ・やらなすぎの回避)

過少要件のリスクは、重大インシデントの拡大、取引停止、評判低下。過剰要件のリスクは、調達遅延、供給制約、コスト増。双方を避けるには、★要求を機能基準で示し、代替対策の提出を認める柔軟性が必要です。監査や取引先確認でも、同じ要求を何度も別様式で求めない方針を明文化しましょう。

内部統制・品質保証・ITGCとの重複は、コントロールマップで整理し、証憑の再利用を標準にします。制度の更新や脅威の変化に備え、年次で見直すポリシー更新ウィンドウを経営会議に組み込み、KPI(例:更改遅延ゼロ、監査適合率、重大例外件数)で回します。

90日ロードマップの素案(Day4で詳細化)

0–30日:適用範囲の確定、★仮割当て、資産・接続台帳の初版整備。優先ドメイン(ID・脆弱性・バックアップ)の是正計画。社内資格者の任命と訓練計画の開始。主要取引RFP/契約テンプレの改訂方針決定。

31–60日:★3自己評価ドラフト、重要取引先の把握・連絡、監視・ログ保全の基本設計、BCPのRTO/RPO再設定、例外管理手順の合意。SaaS/MSPから必要証憑の入手を開始。

61–90日:★3登録に向けた是正の実装、★4が必要な領域の第三者評価計画、台帳公開の準備、年次点検サイクルの運用設計。期初・期末の調達カレンダーに★要求をブロックで組み込み、翌年度の更改サイクルを見通します。

反対意見への先回り回答(経営会議想定)

Q. ISMSがあるのに重複しないか?
A. 目的と審査観点が異なり相互補完です。ISMSはリスクマネジメントの器、★3/★4はIT基盤の実装確認とサプライヤ管理が軸。証憑の再利用と審査周期の整合で重複を抑制します。

Q. コストが過大では?
A. 全社一律ではなく層別適用で最小必要から着手。★4の対象は絞り、★3は年次点検の内製化で維持費を平準化。入札・審査の摩擦低減分を便益として捉えます。

Q. クラウドは事業者任せでよいのでは?
A. 共有責任モデルの下、ログ保全、権限設計、復旧目標、データ所在地は自社責任。RFP段階で明確化すれば、運用の手戻りを最小化できます。

Next Best Action

今日中に「適用範囲」「★仮割当て」「90日ロードマップ素案」を経営会議で合意し、RFP/契約テンプレの改訂着手を指示してください。

参考資料・注記

法務・IR・広報チェックリスト

  • 守秘・機微情報を含まない
  • 将来見通し表現に注記(★5の詳細は今後具体化の想定)
  • 第三者の権利を侵害しない(図版・引用は自作/出典明記)
  • 事実・数値の一次情報は本文末の出典リンクで確認可能

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